ヤマハSR 500/400
 一時街にあふれかえっていたSRだが、最近はブームも沈静化して見かけることも少なくなった。これはSRが飽きられたというよりはバイク業界そのものが深刻な不況下にあることが主因と考えられる。(
しかしそのために、個性派バイクの象徴と言われたSRが街にあふれるという極めてユニークな状況が結果的に解消された。
 2000年にSRの本家SR500が生産終了し、現在はSR400のみが現行車種であるが、ヤマハの看板車種であることから当分は生産が打ち切られることはないだろう。
【SRシリーズの主な特徴】
○原動機形式  4サイクルOHC単気筒2バルブ
○排気量 399cc(499cc)【87×67.2(87×84)】
○始動方式   プライマリー・キック
○オイル潤滑  タンクインフレーム方式ドライサンプ

○同排気量では廉価な価格設定
○SR400は一旦生産終了したが、インジェクション化されて再販開始
(1979年発売のSPモデル。短命であったキャストホイールモデルである。)
ロードボンバーとXT500
 誕生
 
1978年3月にSR500/400は発売された。ベースとなった車両は名高いエンデューロモデルXT500である。このXT500のエンジンとフレームを使用し、ロードモデルとして完成させたのがSRである。ヤマハがSRを開発するにいたった契機は、1977年発売の『モトライダー』誌4月号に掲載された『ヤマハXT-S500 ロードボンバーの記事に遡る。これはシマR&D代表の島英彦氏がモトライダー誌編集長・鈴木氏からの依頼を受けて製作したオリジナルカフェレーサー・ロードボンバーTXを、4月1日のエイプリル・フール企画としてあたかもヤマハのニューモデルのようにグラビア掲載したものだった。この記事の反響は予想外に大きく、実際にヤマハXT-S500を購入するために愛車を売り払ったり、問い合わせをする人がたくさん出たようである。これがヤマハにとって降ってわいた市場調査となり、単気筒ロードモデルの開発に繋がったといわれる。
 ○エンジンのルーツ
 ヤマハXT500は1976年2月に発売されたオフロードマシンである。そのエンジンはTX750のシリンダーとアメリカ輸出向けのラフロードマシンSC500(2サイクル)のクランクケースを合体させ、84mmスクエアの450ccとして試作された。2サイクルのクランクケースを流用したためにオイルパンが十分でなく、タンクインフレームのドライサンプ方式を採用する原因になっている。試作エンジンで振動対策など必要なデータを入手したのちXT500のエンジンが設計され、今に続くロングセラー車の原型が出来上がった。こうして熟成されたXT500は少なくとも1984年までは海外向けに生産されていた。乗り味はSRに比較して軽いフライホイールなどの影響か、かなりのじゃじゃ馬であったと言う。


 ロードボンバーTX
 
XT500の登場を受けて、島氏が計画したロードボンバーはそのコンセプトを「軽く、小さく、幅狭く、そして乗りやすい。」の実現とし、製作されていった。思い切りよくXTのフレームは捨ててオリジナルフレームを選択し、HONDA CJ250Tのパーツなどの流用を行いながらTXは組み上げられた。(当初は公道走行を前提としていたが、運輸省に必要な認可を取ることが簡単にはいかず、断念されている。)そして1976年12月にTXが完成、翌年のモトライダー誌4月号に掲載されることになる。
 完成したTXはさっそく谷田部の日本自動車研究所でテストが開始され、各部のセッティングが行われた。最終的に0〜400m 14秒28、最高速度177.6km、筑波サーキットラップタイム1分12秒8を記録している。
 TXは77年6月の鈴鹿6時間耐久レース(当時は8時間ではなかった)に出走し、フレームにクラックを生じながらも完走を果たして総合18位でゴールした。
(有名な8時間耐久レース8位の結果は翌年の78年に、ロードボンバーTX改が記録したものである。)

 ○ロードボンバーTX改

 1977年末のモーターショーで本家ヤマハからついにSR500/400が発表された。島氏にヤマハ側からSR500用エンジンが提供されることになり、ロードボンバーTXのエンジンをXT用からSR500用に換装することになった。オンロード仕様に設計されたSRエンジンは40馬力を絞りだせる計算であった。各部パーツの見直しと、新エンジンの効果でTX改は筑波サーキットラップタイム1分9秒0を記録する。

  SR500SP/400SPカタログから



 このTX改は78年鈴鹿8時間耐久レースに出走し、決勝で総合8位の栄光に輝いた。(この年から耐久レースは8時間になった)その後、島氏のロードボンバーは79年8時間耐久レースに照準を定めたレーサー仕様で再設計されることになり、エンジンもホンダXL500S用の4バルブエンジンに換装され、ロードボンバーUXとして進化していった。

SR500/400の主な歩み
 ○SR500/400初期型(2J2-100101〜、2H6-000101〜)

 1978年3月に発売開始されたSR500/400は基本は同一ながら500はアップハンドル、400はコンチハンドル仕様で販売された。500はアメリカ市場を意識した『カウボーイスタイルで乗れるオートバイ』をコンセプトとしている。400は基本的にグラブバーがない以外は現行と大差はないが、ボアはそのままにストロークを67.2mmに変更して排気量を399ccとした。これは当時の中型免許制度に合わせて設定された車種であった。販売数では400が中心になることが容易に予想されたからである。結果的にかなりのショートストロークとなったSR400はビッグシングルとしては珍しい高回転型のエンジンとなった。 
 

SR500SP/400SP(2J2-183101〜、2H6-110/01〜)
 79年11月に発表されたニューモデルは、当時流行のキャストホイールとチューブレスタイヤを装着したSPモデルで登場した。このモデルから500も400も同じ仕様となり、外観の差はサイドカバーの表示のみになる。装着されたキャストホイールはすばらしく頑丈であり、4輪車との衝突試験ではびくともしなかったそうである。

SR500/400’83年型
(2J2-200101〜、2H6-204101〜)

 1983年3月発売の83年型はSR最初の大きな仕様変更をされていた。スポークホイールモデルがラインナップに復活し、キャストモデルと併売されたのをはじめ、オイルラインの変更やロッカーアーム材質の変更・シリンダーヘッドの形状変更などが行われた。なお82年9月にSR400のみスポークホイールモデルが限定3000台で販売されている。
SR500/400’85年型(1JN-216101〜、1JR-251101〜)
 SR史上最大の変更が行われたのが85年型である。この年にはSRX600/400が発売され、SRはよりトラディショナルなモデルとして熟成が図られることになった。まずフロントブレーキのドラム化である。そしてタイヤの18インチ化、ガソリンタンクの2リットル容量増加、メーター文字盤の白への変更、フォークブーツの採用、ステップの位置後退とハンドルの低位置化(キック時にステップの折り畳みが必要になった)など、変更箇所は多数に上った。またこのマイナーチェンジでキャスト装着のSPモデルは姿を消す。
SR500/400’88年型(1JN-222101〜、1JR-268101〜)
 エンジンと駆動系を中心に改良されたのが88年型である。最大の変更はキャブレターのVM(強制開閉)からCV(負圧)タイプへの変更で、これによりエンジンの扱いやすさは従来型より向上し、カムプロファイルの変更と合わさってビギナーにもやさしいバイクに変身した。またチェーンサイズの小型化により駆動ノイズを低減し、400は2次減速比の変更が行われて高速型に振られている。(500は変更はない)
SR500/400’91年型(1JN-224101〜、1JR-275101〜)
 長く続いたレプリカブームが終焉を迎えてネイキッドブームが始まったころ、SRは外観に磨きをかける。タンクの塗装がヤマハ独特のミラクリエイト塗装になり、質感を大幅に向上させた。その他シート材質などルックスの変更が行われた。以降はヤマハホームページの『人気モデルの系譜を』を参照されたい。
http://www.yamaha-motor.jp/mc/world/archive/sr/index.html

■参考文献 
○「オートバイの科学」 島英彦著 講談社
○「SR新時代」  クラブマン誌別冊97号  ネコ・パブリッシング
○「ライダーズクラブ1993年11月号」  ライダーズクラブ
○「The SR」  サイクルワールド1984年1月増刊  CBSソニー出版